
Awan Kiln × Botarhythm collaboration mug
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里山の記憶を注ぐ器 - 言葉を超えたつながりを紡ぐ、ボタリズム × 志村和晃
朝の光を受けて輝く青のグラデーション。夕暮れには深い海のように静かに佇むマグカップ。
このマグカップは単なる器ではなく、日々の暮らしに寄り添い、大切な人との時間を彩る特別な存在です。南房総の静かな里山で、私たちボタリズムコーヒーロースターと陶芸家・志村和晃さんとの対話から生まれた一品であり、コーヒーと人とのつながりを深める媒介者でもあります。

つながりを育む、里山の二人の作り手
南房総市の里山。鳥のさえずりと風の音だけが聞こえる静けさの中に、志村さんの工房があります。自宅の隣に建てられたこの空間で、日々土と向き合い、器が生み出されていくのです。
私たちボタリズムは、「コーヒーが言葉を超えたつながりを生み出す」と考えています。コーヒーは単なる飲み物ではなく、誰が、どの瞬間に、どんな思いで味わうかによって、特別な意味を持つものだからです。そして志村さんの器は、そのコーヒーの体験をより豊かなものへと高めてくれる存在です。
志村さんとは同じ南房総市に暮らす隣人として、日常的に交流があります。手づくり醤油を仕込んだり、里山の恵みや海の幸を分け合ったり、子育ての悩みを語り合ったり。コロナ禍には「awan market」というクラフトマーケットを共催し、地域の人々とものづくりを通じたつながりを築いてきました。

窯出しの瞬間—唯一無二の青が語りかける物語
「この瞬間のために1ヶ月かけて準備してきたんだな」
窯の扉が開かれた時、私の胸に去来したのはそんな感慨でした。オリジナルマグだけでなく、多くの志村さんの作品が整然と何段にも重なって焼きあがり、その中に青く美しく焼き上がったマグカップが佇んでいます。
「これは空にも見えるし、海にも見える。深い海にダイブしていくような感覚にもなる」
感嘆の声を上げる私に、志村さんも満足そうに頷きます。この青は偶然ではなく、緻密な計算と経験、そして窯の中での熱の対流と時間から生まれたもの。釉薬の流れ、炎の対流、焼成温度の絶妙なバランスが、この表情を生み出しています。
今回完成したのは、2種類のマグカップ。
ひとつは、以前のデザインをアップデートしたもの。磁器の白に青い釉薬を施し、トレードマークと「Botarhythm」の文字が刻まれています。
もうひとつは、新作の小ぶりなマグカップ。表面全体が青のグラデーションに染まり、奥行きのある美しい色合いが特徴です。
これらのマグカップは、ボタリズムの店舗とオンラインストアで限定販売され、コーヒーとともにお客様の日常に寄り添う特別な存在となります。

手仕事から生まれる、一杯の物語
「食器が1つ出来上がるまでの大まかな工程・プロセスってどういうものですか?」
インタビューの冒頭、私は志村さんに尋ねました。
「まずはロクロで形を作ります。その後、適度に乾燥させたら底を削り、取っ手をつけます。この取っ手をつけるタイミングが重要で、カラカラに乾かしすぎるとダメなんです。ある程度しっとりとした状態のときに削りを入れ、表情を出していきます」
志村さんは石川県の九谷焼の産地から取り寄せた、白く焼き上がる特別な土を使用。ロクロで形を整えていきます。
土を選ぶところから作品のイメージは始まるといいますが、志村さんは一貫して同じ土を使用。「その方が自分の表現に集中できる」という思いがあるようです。
この素材と真摯に向き合う姿勢には、ものづくりの本質を感じます。私たちボタリズムも、コーヒー豆という素材に真摯に向き合い、その持ち味を最大限に引き出すことを大切にしています。素材が語る物語に耳を傾け、それを形にする喜び—それは志村さんの陶芸もボタリズムのコーヒー焙煎も、根底で共有している価値なのかもしれません。

表情を生み出す削りと装飾
器の個性は様々な工程から生まれますが、削りもその重要な要素のひとつです。「乾ききってしまうとできないんですが、これはまあまあ乾いている時にカリカリっと削っているんです」と志村さん。その手つきは繊細でありながら大胆で、見る者を魅了します。
さらに「イッチン」と呼ばれる技法で装飾を施します。細いスポイトのような道具を使い、泥状の粘土で線を描いていく様子は、まるで絵画を描く画家のよう。鳥や波などのモチーフが、生クリームのような粘土で浮き上がっていきます。
素焼きと呉須—色を宿す瞬間
乾燥させた器は、まず800度の窯で「素焼き」という工程を経ます。「植木鉢みたいな吸水性のある状態で硬くなるんですが、まだ吸水性があるので食器としては向かない状態です」と志村さん。まだ微細な穴が開いているような状態で、ここから絵付けへと進みます。
絵付けに使うのは「呉須(ごす)」というコバルトを主成分とした顔料。水で溶いて使用します。「コバルト以外にも素材は色々あります」と志村さん。市販のものでも様々な種類があり、色合いも青っぽいものから紫っぽいもの、黒っぽいものまで幅広く、成分を調整することでオリジナルの色を作り出す職人もいるそうです。
釉薬—ガラスの輝きを纏う
素焼きの後、器は釉薬をかける工程へと進みます。「釉薬はかけるというか浸すというか...粉なんですけど、ガラス質の色々な原料を混ぜて水に溶くんです」と志村さん。シャバシャバになった状態の釉薬に器を浸すと、表面にコーティングされていきます。
この時、一度描いた絵は白い釉薬に覆われて見えなくなります。まるで魔法のように、焼成後に絵が現れる仕組みです。志村さんの作品の特徴の一つに、マグカップの飲み口の縁に施される茶色の釉薬があります。これは鉄分を主体とした別の釉薬で、白い磁器に温かみのあるアクセントを加えています。
「内側と外側で別の釉薬をかけたい場合は、ギリギリのラインを攻める」という志村さん。その調整には熟練の技が必要です。

窯入れ—1260度の炎が作り出す奇跡
最後の工程は、1260度という高温での本焼成。この過程は約18時間にも及びます。「1260度になるのがマックスの段階で、ピークの温度はそこまでで約1時間保ち、その後は自然にゆっくりと下がっていく」と志村さん。
温度の測定には「オルトンコーン」と呼ばれる道具を使用。窯の上部と下部に設置し、その傾き具合で温度を判断します。「いつもグラフで見ているので、大体これぐらいに傾いたら調整します」と語る志村さんの目は、長年の経験から来る確かな自信に満ちています。
窯の中での対流は、詰め方によって大きく変わるそうです。「窯がスカスカだとバンバン温度が上がってしまって、熱が上に抜けていく」と志村さん。今回は「下の方はいつも比較的低温になりがち」という判断から、青いデザインのマグは下の方に配置されました。「表面の青が下の方だと流れ方が緩やかだろう」という予測のもとです。
この言葉に「コーヒー豆も窯に対しての豆の量によって火の入り方が変わるんだよ」と共感する私。異なる分野でありながら、火と素材と向き合うものづくりの感覚は不思議と通じ合います。ちょうど私がコーヒー豆を焙煎する時も、豆自体が熱を持つと、その熱量だけでどんどん焼き色が進んでいってしまうから、空気の量でコントロールするという話をすると、志村さんも頷いていました。

陶器と磁器—素材が伝える心触り
「陶器と磁器の違いって何ですか?」
私の問いに、志村さんはこう答えました。
「陶器は土、磁器は石。磁器は密度が高く、ツルツルしていて吸水性がありません。陶器の方が温かみのある質感で、磁器はシャープな印象になるんです」
志村さんの作品は全て磁器に分類されるそうです。触った感じや見た感じもツルツルしていて、焼き締めて釉薬をかけなくても吸水性がないのが特徴だといいます。
今回のマグカップは磁器ならではの透明感のある青が特徴。光の加減によって変化する色のニュアンスを楽しめます。
この質感の違いは、コーヒーの味わい体験にも影響を与えます。磁器の滑らかな口当たりは、コーヒーの繊細な香りや味わいのニュアンスをより鮮明に感じさせてくれるのです。都会的な生活と自然が調和するように、このマグカップはモダンな美しさと自然の温かみを両立させています。

名前の向こう側—職人か、作家か
インタビューの中で特に興味深かったのは、「職人」と「作家」という二つの概念についての対話でした。
「なんかもっと自分の中で技術がすごく高くて、寸分違わないものを言われたままに作れるような技術がある人が職人という感じかもしれません」と志村さん。「作家というのはもうちょっと自由というか、オリジナリティのある世界を作っているという感じではないでしょうか」
しかし興味深いことに、志村さん自身は自分の作品を「作品」とさえ呼んでいません。「器」や「品物」と言うことはあっても、「商品」とも言わないそうです。
「私はアートをしているつもりは全くなくて、アーティストでもないです」という志村さん。では、自分の職業をどう考えているのでしょうか。
「職人でもないと思っていて、何がいいのかというと、正直『陶磁器製造業』かなと思っています」
この言葉は、有名な陶芸家、河井寬次郎の言葉に由来しているそうです。子供に「お父さんの職業は何と書けばいいの?」と聞かれて「陶磁器製造業と書いておけ」と答えたというエピソードから影響を受けたのだとか。
写真家なのかフォトグラファーなのかという呼称の難しさに例えながら、カテゴライズされることの居心地の悪さを語る私たちの会話は、創作に携わる者の共通の悩みを映し出しています。
「自分であまりそういう肩書き的なのはないです。『皿作ってます』とか『陶芸やってます』とか、『お仕事何されているんですか?』と聞かれたら『陶芸やってます』と答えるぐらいです」という志村さんの言葉には、肩書きよりも実際に手を動かす仕事そのものを大切にする姿勢が表れています。
私も「お店何やってるんですかと言われたら『コーヒー屋です』と言いますが、『カフェ経営しています』とは絶対言わない」と共感。二人とも、世間の期待や枠組みに囚われず、自分の信じる道を静かに、しかし確実に進んでいるようです。日々の暮らしの中で、手仕事の本質について語り合えることは、里山での暮らしの大きな豊かさのひとつです。

手と土が紡ぐ物語—陶芸との出会い
志村さんが陶芸の道に進むきっかけとなったのは、高校卒業後に通ったデザイン系の専門学校でした。「授業の中に陶芸の授業があって、いろんな工芸を学ぶ専門学校だったんですけど、その中で一番陶芸に興味を持ちました」と語ります。
特に心を掴まれたのは、粘土の感触とロクロの回転による創造の瞬間だったそうです。「柔らかい粘土を触っている感触が気持ちよかったり、ロクロを回転させて力を入れることで形になっていくという感覚が面白かった」という言葉からは、物作りの原初的な喜びが伝わってきます。
その後、京都の学校へ進み、職人を養成するような環境で「同じものを淡々と100個ぐらい作る」という経験を積みます。そこでは「職人的な仕事を身につければ何とかなるかな」と考えていたそうです。
しかし石川や益子で経験を積む中で、志村さんの気持ちは変化していきます。「独立してからです」と語る志村さんが絵を描き始めたのは、先輩との会話がきっかけでした。「差別化というか、『なぜ志村さんはそれを作るのか?』というアイデンティティの話になって、京都や石川での修業時代に培った経験を活かしてゆくのはどうかという話になりました」
このターニングポイントから、志村さんの独自のスタイルが確立されていったのでしょう。「両方(陶器と磁器)やっている人もいますが、私は磁器の方をやっていて、自分の表現としても磁器を中心に作るようになっていきました」という言葉には、自分の感性と向き合いながら進む創作者の誠実さが垣間見えます。

窯詰めのパズル—時間との対話
志村さんの工房では、窯に作品を詰める作業も重要な工程の一つです。「パズルみたいな感じですね」と笑う志村さん。「結構ギリギリを攻めていっぱい入れますから」と語るその眼差しは真剣そのものです。
焼くと縮むために、窯に入れる前はさらに大きく、「もうちょっと本当はギリギリになっています」とのこと。「できるだけ多く入れたいので最後の最後に微調整をしています」という言葉からは、効率と品質のバランスを取りながら仕事を進める職人の知恵が伝わってきます。
一窯分の作品を作るのにかかる時間は「今日までで1ヶ月ぐらい」だそうです。この言葉に、私は「全ての工程を把握していない人間からすると、1ヶ月でこんなにたくさんできるのかとも思えるし、でも1ヶ月にこの窯を満タンにするのが限界という作品量でもある」と感嘆します。
この1ヶ月は決して規則的な時間だけで作られたものではありません。「たまに遅くまで帰ってきた時に工房の明かりがついているときがありますね」という私の言葉に、志村さんは「結局間に合わせなきゃいけないから、いつも『間に合うかな』と思うんですけど、最終的には間に合わせるように調整しています」と答えます。
締め切りが決まっていることで、自然と仕事の優先順位が整理されていくという話に発展し、私は「確定申告も毎年そんな感じですが」と笑いながら共感。志村さんの「それも醍醐味ですね、自分でやるということの」という言葉には、創作に携わる者の覚悟と誇りが感じられます。
同じく個人事業主として、自分のペースで創作活動をしながらも、締め切りに追われる日々に共感します。南房総の里山という環境で、子育てをしながら、モノづくりを続けることの喜びと苦労を、私たちは日々分かち合っています。

完成の瞬間—窯から生まれる器たち
長い工程を経て、ついに窯から取り出された2種類のマグカップ。白地にブルーの模様が映える大きめのマグと、全体が青のグラデーションに染まった小ぶりなマグが、それぞれ異なる魅力を放っています。
「サイズはどうですか?」という志村さんの問いに、私は「前のも良かったけど、今回のはさらにいいと思います」と満足げに答えます。「焼き上がる前はもっと細長くしていたのが、丸みを帯びてきました。大きい方と並べた感じもすごくいいし、この色が本当に素敵です。これを楽しみにしている人に先に連絡しておきます」と期待に胸を膨らませます。
このやり取りからは、職人の技術と感性が融合して生まれた作品への自信と、それを使う人々への思いやりが伝わってきます。この日の窯出しは、私にとっても特別な瞬間でした。日々の暮らしの中で、隣人として何気なく交わす会話とは違う緊張感と喜びがありました。

言葉を超えたつながりを注ぐ器
このマグカップは、ただの器ではなく、コーヒーを味わう時間を豊かにする存在です。
朝、窓辺でゆっくりと湯気を眺めるひととき。休日にお気に入りの本を片手に過ごす午後。誰かと語らいながら、心を解きほぐす夜。そんな日常のささやかな瞬間を、より特別なものにしてくれるはずです。
ボタリズムでは、「格別のコーヒー豆で一杯のひと時をより豊かに」をモットーに、特別な日だけでなく、毎日の生活の中に価値ある時間を創り出したいと考えています。「家族と飲みたい」「友人に贈りたい」「自分へのご褒美として」といった声に応え、コーヒーが各人の日常に寄り添う存在であると信じています。店舗やオンラインなど、さまざまな場面で、コーヒーが個々の時間や大切な人との関係を豊かにし、生活に温もりや安らぎを届けたいという思いがあります。
志村さんとのコラボレーションマグカップは、そんな思いを形にした一品。コーヒーの味わいに関する専門的な知識を押し付けず、気軽に楽しんでもらえる環境を提供する私たちの思いが、この器にも表れています。
南房総の里山での暮らしの中で日々交わす対話や、共に過ごす時間の中で生まれた気づきが、このマグカップには自然と織り込まれているように思います。手づくり醤油や里山の恵み、海の幸を分け合うといった日常の中で重ねてきた時間が、このコラボレーションの土台となっているのでしょう。
コーヒーが「言葉を超えたつながり」を生み出すように、このマグカップもまた、使う人の心に静かに語りかけ、特別な瞬間を創り出してくれるはずです。
コラボレーションマグカップについて
取り扱い: ボタリズムコーヒーロースター店舗・オンラインストア
製作: 志村和晃
素材: 磁器
焼成: 1260度
ボタリズムコーヒーロースターでは、コーヒー豆とともに、志村和晃さんとのコラボレーションマグカップを限定数販売しています。詳細は店舗またはオンラインストア
でご確認ください。
インタビュープロフィール

志村和晃(しむら かずあき) instagram: @kazuakishimura
1979年、千葉県館山市生まれ。安房高校で柔道に打ち込んだ後、東京のデザイン系専門学校に進学。25歳で人生の転機を迎え、陶芸の道へ。2004年に京都で陶芸の基礎を学び始め、2006年には石川県で九谷焼の陶芸家・正木春蔵氏に師事。2008年には栃木県益子の若林健吾氏の工房で修行を積み、2012年に益子で独立。2014年に生まれ故郷の千葉県館山市に窯を移設し、2019年に南房総市へ移住。2021年には館山にあった工房も南房総市の自宅敷地内に移転させ、「awan kiln」と名付けた工房を構える。
「古き良きものに学びながら、現代の生活に合う温もりのあるうつわ作り」を信条とし、素朴な白地に呉須の青色で描いた絵や、染付の磁器、鉄絵の陶器など多彩な技法を駆使した作品を制作。京都、石川、益子という異なる陶芸文化圏での経験を融合させた独自のスタイルを確立し、日常の食卓に彩りを添える器を生み出している。
「日々の食卓が少しでも華やぐような、料理を引き立てるうつわを作っています。そこに会話が生まれ楽しい食卓が広がって行くことを願っています」という創作哲学のもと、使う人々に喜びと豊かな食卓の時間をもたらす作品を続けている。
(文: ボタリズムコーヒーロースター 元沢)